東海岸道路を両津方向に向かって進み、真木のバス停を過ぎたあたりで、右へと入る道がある。ここを進み、しばらく行って右折する、そして最初の十字路を左折すると、下り坂になり、晃照寺へと続く石段へと移行していく。この十字路の場所に「真更城本郭跡」と書かれた白い標柱を見つけた。本郭跡の向こうには「二の郭跡」の標柱が立っている。ここを真っ直ぐ下ると、車両通行不可の石段へと続いて行き、やがて左手に晃照寺の入り口が見えた。見ると「久知殿氏寺」と書いてある。このお寺は、元は城の腰の寺屋敷にあったが、久知殿の後期居城である真更城の築城に伴い、この地に移転してきた。境内に入ってすぐの左手に豊川稲荷から分霊されたと言う河崎稲荷神社があった。神仏混合の名残であろう。
県道を走行中、吉峰神社の付近を通過すると、「晃照寺」と書かれた大きな看板が見える。この看板は、既に廃寺となった川崎薬師堂の壁に掲示されている。河崎集落の方からこのお寺に入ると、川を渡った左手に河崎神社があり、右手に善宝寺龍神信仰祈願と書かれた石碑、寛延一揆の義民の供養塔、出羽三山登拝記念供養塔などがある。寺には特に山門などはなく、石段を登り切ると真木集落に至るので、「津波の際は真木集落へ逃げろ」と言う看板が立てられていた。
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